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第13回「紡ぎ続ける祈り」★菅 恒義さん
2009/03/27(金)
素敵に輝く人に突撃インタビュー!「さとやまっくす」。想像もできないようなスゴイ人生を送られてきたからこそ、大きく輝いているこの方に突撃!
■戦争の悲しみ
第二次世界大戦の最中、16歳の時に海軍に志願し、海兵隊員として戦地に赴いた菅さん。日本軍の大砲輸送や、陸軍隊員の輸送のため、ラバウル(パプアニューギニア)などの戦地で任務についていた。「魚雷にあたって艦船が沈没し、命からがら島に辿りついたこともあった、爆弾により襲撃されたこともしばしば、毎日生きている気がしなかったよ」と菅さんは苦しそうに当時を語る。「海上には30機以上の戦艦や戦闘機の破片が浮かんでいた、死の海をこの目で見たよ」。
相次ぐ襲撃の末、広島県江田島へと戻った菅さんは、またも悲劇を目の当たりにする。広島への原爆投下だ。投下された3日後には菅さんも現地へ派遣され、死者の搬送や怪我人への手当を行った。「亡くなった人達をただ見ているしかなかった、本当に戦争とは無意味なものだよ」と菅さんはぽつりと言う。
■かけがえの無い美しさ
終戦後、飯南町に帰ってきた菅さんは、ふるさとの輝くような美しさに心を打たれた。「地獄のような世界を見てきた私にとって、ふるさとの美しさはかけがえのないものだった、自然溢れるふるさとは、私達が勝手に傷つけてはいけない存在なんだよ」。 菅さんは、自然と共生しながら生きていきたいという想いから農業に従事。その後JAに勤務し、本格的に農業や畜産に携わった。
JAでは、地元で生産された野菜を利用するための農産物加工所や、和牛肥育センターの設立に尽力。「どんなに反対されても、ふるさとの魅力を伝えるためにはどうしても拠点が必要だと思ったんだ、最後は意地になってたけどね」と菅さん。現在、農産物加工所では飯南町を代表する特産品も数多く生産されている。当時の菅さんの想いはしっかりと受け継がれている。
JAを退職後、菅さんは福祉ボランティア活動に取り組むなど地域貢献をしようと活動。「自分を支えてくれた人や地域に恩返ししたい、ただそれだけだよ」と笑う菅さんの笑顔は優しさに満ちていた。そんな菅さんのもつ、ある“技”が地域を元気にしている。
■匠の技
菅さんの家は代々神官を務めており、注連縄(しめなわ)や縁起物のワラ細工を作り神社へ奉納していた。菅さんも小さい時からお父さんの作業を手伝い、ワラ細工を作っていた。
仕事の合間をぬいながらその技術を磨いた菅さんと仲間達が作る、計算された美しい形と質の良い注連縄は評判となり、昭和25年頃からは出雲大社(島根県)をはじめ、熊野速玉神社(和歌山県)など全国各地の神社に注連縄を奉納することになった。
出雲大社に奉納する大注連縄の重量は約5トン。地元で契約栽培されたコシヒカリのワラを水田4.5ヘクタール分使い、約3年間かけて作られる。
「クレーンを3台使わないと運べないほどの大きさだよ、制作には700人ほどの人が協力してくれるんだ」。神社一つ一つにより、奉納する注連縄の形も違ってくるとのこと。それぞれの神社に合い、一番美しく見える注連縄を手作りで作っていくのだとか。
■祈りを込めた注連縄
菅さんの注連縄作りへの情熱は広がりをみせ、平成2年からは旧頓原老人会のメンバーで協力し、本格的に注連縄作りを開始した。現在は約50の神社やお宮の注連縄作りを担い、家庭用注連縄も年間約1万6000本出荷している。
「お参りになる方の健康・安全を祈りながら一つずつ手で編んでいくんだよ、注連縄は神様のお顔だと思っているから、神様のご加護をもたらせるような注連縄を作っていきたいんだ。」
戦争で大切な人の命を失った悲しみを抱え、心から平和を祈っている菅さんは、注連縄を通し、同じように神様に祈りを捧げる人達の心の支えになりたいと願っている。「作る人も幸せを感じながら穏やかな気持ちで作るのが大切、涙を流しながらじゃいけん、みんなで幸福への願いを込めて作っているんだよ」。
菅さんの技術は高く評価されており、ハワイの美術館やホノルルの神社にも奉納されているほど。注連縄の注文だけではなく、全国各地から技術指導の依頼がくる。菅さん自ら沖縄や東北まで全国各地に出向いて指導することもあれば、菅さんの元に長期間講習を受けに来る方もいるのだとか。
菅さんが快く指導を引き受けるのには理由がある。
「自分たちの神社は自分たちでお祀りするのが本来の姿、注連縄もその地域でとれたワラを使い、地元の人が作ると一番美しくなるんだよ、だから志のある人には誰にでも教えてあげたい」と菅さん。人を想う気持ち、そしてふるさとを守り続けたいという願いを、次の世代に残したいという菅さんの気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
「自分が灰になってしまうその時まで精一杯やりたい、そうすれば何かをきっと後世に残せるはずだから」。 苦しい経験を乗り越え、平和とふるさとへの想いに満ち溢れている菅さんの注連縄は、今日も各地で多くの人の幸せを見守っている。
取材後記
本や資料でしか知ることのなかった戦争の悲しさ。菅さんから直接聞いた戦時中の話は自分が想像していた以上のものでした。なんとか生きて帰りたい、と夢にまで見たこの町は、やはり美しい場所だと菅さんは言われていました。「帰りたくても帰れない」そんな思いでふるさとを見たことがなかった私にはとても強く残る一言でした。
技術はもちろんのこと、そんな菅さんの想いが注連縄を美しくさせてるんだと思います。何気なく見上げていた注連縄にこれほどの意味があったとは。とても貴重なお話を聞かせてもらいました。
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